「結局のところ、貴方は憶病なんですよ」
折り曲げた両膝を両腕で抱えるように蹲りながらぽつりとつぶやいた私の渾身の嫌味は、隣でぷかぷかと煙草をふかしている彼の耳にきちんと届いただろうか。彼の、男の人にしては腹が立つほど整った指に幾つもはめられた、不釣り合いなほどごつごつとしたシルバーのアクセサリーがぴくりと揺れたのを視界の端に確認し、ああ恐らく聞こえたのだろうと胸中で笑う。
隣から流れてくる煙草の匂いが、鼻についてしようがなかった。私はどうしたってこの匂いが大嫌いだったので、私の前では吸わないで欲しいと幾度となく彼に抗議したものだが、彼が私の言葉に耳を傾けることは一度としてなかった。
甘いような、苦いような、独特の香りに、私は酷く不快な気分にさせられるのだ。
だから、これくらいの嫌味は許されてしかるべきだと思うし、彼はこの嫌味を全身全霊をもって受け止めるべきだと思う。
ふ、と小さく息を吐くと、煙草の煙にやられたのだろうか、視界がじわりと揺れた。
「女ひとり不幸にするくらい何なんですか。マフィアが聞いて呆れますね。馬鹿みたい。臆病者。くそったれ。ちきん野郎」
「お前殴るぞ…」
「殴れば良いじゃないですか。どうぞ、心おきなく」
そんな脅しが今更通用するとでも思っているのだろうか。バカにするのも大概にしてほしい。すいと顔を上げて彼を睨みつけると、獄寺さんは言葉に詰まり、詰まったかと思うとばつが悪そうな表情をして私から視線を外した。あほらしい、と吐き捨てるように言い放ったが、あほは完全にこの人の方だった。悪人になんかなれないくせに、こうやって悪態をつくのは何のつもりなのだろう。
一度、自分の姿を鏡で見たらどうだろうか。滑稽で仕様がないですよ。
本当に。私たちはどうしてこんなにも。
「…獄寺さんはバカですか」
「…うるせぇ」
「ばかでしょう」
「うるせぇよ」
「全部、奪ってくれたらよかったのに」
縋るように彼の袖を掴んでしまった自分の右手が心底憎らしかった。
悪態だけをつけたら良かった。私は彼を責めるだけで良かった。それしか許されていなかったし、こんな風に弱さを見せるのはフェアじゃないと分かっていたはずなのに。
「すきなんです」
懇願するような声音で零れた台詞に吐き気がした。どうして私は最後までうまくできないのだろう。あと少しだったのに。
ぼろりと左の目から零れた滴を、獄寺さんは親指で拭うと、小さく舌打ちをした。酷く情けない顔だなぁと思ったけれど、それはきっとお互い様だ。
「…お前ほんと、最悪」
吐き捨てられた言葉はとても拙いものだったけれど、私にはそれで十分だった。彼の指から香る甘くて苦い香りは相変わらず私の脳に鮮明な記憶を焼きつけていく。きっと幾度となく思い出すのだろう。
ああ、だから。
私はこの匂いが大嫌いだ。
無理やり奪って、今すぐに
診断メーカーより「いずみが咏さんに捧げる獄ハルへのお題は『無理やり奪って、今すぐに』です。」だそうで
うたさんお誕生日おめでとう!!30分クオリティでごめんなさいorz
140607
update : 2014.06.14